元々人と話すのが得意ではなかった、というより、基本的に目を合わせることすら怖い。
言葉を紡ごうとしても、頭の中で声だけが先走り、口に出すころには脳より1歩遅れた言葉になる、そのため、段々と要点しか話さなくなり、友達と呼べる人間もどんどん減っていった。
小さい頃は簡単に友達が作れた。遊ぼう、と一言がいえれば手が繋げるのだ、けれど、小学校中学校と年を重ねるたびに、人はコミュニケーションに依るようになる。それから、自分はどんどん友達と呼べる人間が減っていった。
今現在、高校三年生。僕、巳加島 秀一郎(ミカジマ シュウイチロウ)は、友達が一人もいなかった。
文化部所属、科学全般に興味があるので科学部。部員は自分以外0、必然的に部長である。集めたデータは自分にとって確かなもので、人の感情よりもわかりやすい。だって、うそをつかないから。
最近は専らこの市で植物天然記念物に指定されてる、“星見大樹”の研究をしていた。面白いデータがとれてホクホクしていると、顧問の担任からもうすぐ廃部になる知らせが届いた。なんてことはない、部員が0で成果も出てない部活など、必要ないと学校から判断されただけだ。自分は何かに没頭できていればいいし、こんな性格である上、人を勧誘する勇気もない。何もかも、今更だとあきらめていた。そんなときだった、
彼が、現れたのは。
「生徒会、日向野 伝助(ヒガノ デンスケ)だけど、巳加島って人いる?」
金髪の、少し小柄な青年。目が少し青みがかっていて、おそらくハーフなのだろう、すごく日本人らしい名前なのにその見た目とのギャップに驚いた。白い肌に目立つ頬のそばかすに、クリクリとした大きな目、僕は(きれいな顔だな)とおもった。
ボーっとたっていると彼の眉が近くなっていった。
「あのな、いるなら返事しろよ」
少し、顔が赤い。怒りやすい人なのだろうか。ちょっと苦手なタイプかもしれないと身構えたが、そうだ、彼は僕に用事があるみたいなんだった。
(えっと、なんていえばいい?)
こんなことで言葉に詰まる自分がいやになったが、どうにか自分が巳加島だと伝えることができた。
「そっか、アンタが・・・・・・。あのな、書類を書いてほしいんだけど」
(書類?)
「なん、の?」
「科学部廃部の知らせは聞いてっか?」
(そりゃもう、とっくに。でも、なんでわざわざ生徒会が?)
少し悩んで、直接聞けばいいとわかるまで、時間がかかった。
「あの、なんで、生徒会が・・・・・・」
「あんた、会話に時間かかるなあ」
(ほっといてくれ)
ずいぶんとストレートな物言いをするやつだ。
二年生の腕章つけてるのをみて後輩だと知ったが、こんな敬意の欠片も感じない年下は初めてだ、まあ、後輩の知り合いなんて殆どいないから、実際はみんなこうなのかもしれないけれど―――。
「あ~それで、廃部にするにあたって、アンタが活動した結果を証明する書類と、廃部における名簿処理もあるから、そのプリントを持ってきた」
「証明?」
「あんた3年だろ?」
「・・・そうだけど」
(わかってるならせめて敬語使えばいいのに)
彼は数枚の紙を僕の前に置いた、並んでみると彼と頭半個分ほどの身長差がある。自分が背が高いのもあるが、この子が小さいのもあるだろう、結果的に彼が僕と話すときは若干見上げるような構えになる。
「就職にしろ進学にしろ、打ち込んできたものはアピールだろ?この部は部員が極端に少なくて、功績もそんなに目立ったモンはないから、問い合わせさえあれば存在したことを証明する書類とかがないと、面接や書類審査で不利だろうって、顧問が手ェまわしてくれてるんだよ。生徒会の仕事にしやがったけど、まあ書類だけだし、あんたがちゃっちゃと書いてくれたらおれはそれだけで仕事おわるからさ、早くかいてくれよ」
(なんかこの人、怖いな)
明け透けというか、単刀直入というか。
(でもなんか―――悪くない。)
自分が多く話せないことを察してくれてるようで、楽に会話が進む。
書類に目を通して、名前や必要事項を記入すると、彼はウンウンと頷いて紙の端をトントンとまとめた。
手先まで白い肌に、すこしだけ見蕩れた。
(そういえば、ハーフなのかな、聞いてみたいけど、聞いて嫌だったら、僕だってヤだし)
それに、答えてくれるとも限らないし。
ふと、(外人は背が高いのに、この子は低いから、遺伝って何が優先されるかわからないなあ。こんどもっと遺伝子系にも手だしてみようか)なんて失礼なことを考えたりもして、頭(かぶり)をブンブン振った。やめだやめだ、口に出さないことが正しいわけじゃない、考えはいつか、行動や言葉に出るっていうじゃないか。
「・・・・・・あのな、アンタ・・・り・・・を・・・・・・ぞ」
自分の世界に没頭していたあまり、彼が何をいったか聞き取れなかった。
「え」
「・・・・・・、いや、いい。巳加島三年、おれの、おれの・・・・・・」
(なんだなんだ)
「背は、まだ、これから伸びる!!」
(・・・・・・は?)
高らかに成長宣言をした彼は、勢いよく科学室から飛び出し、タタタと軽い足音を遠くへやっていった。
「・・・・・・プリント、1枚わすれてるけど」
たぶん明日には取りに来るだろう、僕は久しぶりに人と会話した胸の高鳴りを忘れられずに、一日を終えた。
あの子は明日、どんな顔をして会いにくるんだろうか、ちょっとだけ、ニヤけた。